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二つのアラベスク1

《C サイド》

吹き付ける風と、穏やかな日差しが気持ちのいい午後。
颯爽と自転車を漕ぎながら、いつもの場所へと向かう。

僕の名はシム・チャンミン。
この街の、一応は進学校と言われる高校に通う3年生だ。

学校が終わり、これから向かう目的地は、街一番のショッピングモール。

「はあっ、はあっ。」
向かい風に負けじと、懸命にペダルを漕ぎ続ける。
よし!いよいよ、目的地が見えてきたぞ。

モールにたどり着くと、僕は地下にある駐輪場に自転車を停め、急ぎ足で3階の楽器店へと向かった。
店の入り口には、黒や茶色の電子ピアノが、所狭しと並んでいる。

ふふ…。相変わらず、素晴らしい光景だな…。
多種多様のピアノを目にして、僕の顔に、自然と笑みが浮かぶ。

ちなみに、こうして店頭に並ぶピアノ達は、自由に試弾が出来るようになっている。
僕がここに通うのは、それらのピアノを自由に弾かせて貰う為だ。
今日で、じつに4日も連続で通い詰めている。

僕は、鼻歌を歌いながら、いつもの様にカワイの電子ピアノの前に行った。
これが、今いちばん気に入ってるピアノなんだ。

そっと椅子をひいて、ピアノに向かい合うように腰を下ろした。
白と黒の鍵盤が、照明の光に照らされて、艶やかに輝いている。

ふう…。
それから僕は、大きく息を吐いて鍵盤に指を這わせると、静かにメロディーを奏で始めた。


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二つのアラベスク2

子供の頃からピアノを習い、いつかはプロのピアニストにって、そんな夢を見ていた時期もあった。

だけど、現実はそんなに甘くはない。
色んな事情が重なり、プロへの道は断念する事になった。

それでも、毎日の生活の中では、必ずピアノを弾く時間を作っている。
僕にとって、特別で大切な時間だから。

それなのに、突如として僕のピアノが壊れてしまった。
今から5日前の事だ。
元々、裕福ではない我が家に、新しいものを買う余裕なんてない。

仕方がないので、アルバイトでお金が貯まるまでは、ここに来て弾かせて貰っていた。
いずれお金が溜まったら、このカワイのピアノを買う、という約束をして。

こうして、ガムシャラに働いた甲斐もあり、もう少しで目標金額に到達しつつある。

そして今日もまた、バイト前の時間を利用して、ピアノを弾きに来た。
仲良くなった店員のお兄さんに挨拶をして、それから、気分に合わせた曲を弾いていたんだ。

う~ん。
今日は、少し落ち着いた感じの曲にしようかな?
頭に浮かんだメロディーを、そっと指に乗せ、音を奏でる。

楽しい…。
最高に至福の時だ。


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二つのアラベスク3

しっとりとしたドビュッシーをしばらく弾いた後、顔を上げ、次は何を弾こうかと考える。
今度は、アップテンポな曲にしようか…。

そのまま指を止めて悩んでいると、ふと、背中に人の気配を感じた。
だから、身体を反らして振り返ってみたんだ。

うわっ‼︎

ちょうど真後ろに、頬杖をつきながら、じっと僕を見つめる男の人がいた。
その人は、氷のようにクールな眼差しを僕に向け、ピアノの椅子に長い足を持て余すように、組んで座っている。

な、なんだ!?
びっくりして、椅子からずり落ちそうになる僕に、
「綺麗な曲だな。何ていうの?」
低めの、ややハスキーがかった声で尋ねてきた。

突然投げかけられた質問に、かなり焦った僕は、
「あ、えっと…月の光です。ド、ドビュッシーの…。」
それだけ答えるのに、精一杯だった。
だけど、不思議とその人から視線をそらせない。

「ふぅん、月の光か…。いい曲だな。」
真っ正面から、僕を見つめたまま、その人は、低い声でそっと呟いた。
その声は、しっとりと僕の耳に入り込んで、不思議と心地よい気分にさせてくれる。

「ありがとうございます。」
別に、自分が褒められた訳でもないのに、他に言葉が見つからないから、ついお礼を言ってしまった。

なんだろう…。
さっきから、僕の心臓がバクバクと音を立てて、暴れている。
その理由は多分…。
目の前に座っているこの人が、あまりにもハンサムなせいだ。

切れ長のアーモンド型の瞳と、端正な顔立ちが映える、小さな顔の輪郭。
そこらへんの俳優になら、絶対に負けてないだろう。

もちろん、僕は可愛い女の子が好きだし、そっちの趣味は全然ない筈なんだけど…。


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二つのアラベスク4

「ねえ、明日もここにいるの?」
不意に、その人が尋ねた。
「あっ、はい。た、多分いると思います。」
「じゃあ、またピアノを聴きに来てもいい?」
「えっ、ええ!どうぞ。」
「サンキュー。それじゃ、明日また同じ時間にな。」
「はい。では、また明日。」

それから、その人がすくっと立ち上がって、僕に背中を見せる。
その出で立ちは、まるでモデルさんのように、長身でスタイルが良い。
ていうか、足長っ‼︎

店内の、オレンジ色に輝く照明が、その人の影を余すところなく、映し出した。
それは、まさに完璧な人間のシルエットを描いている。

…カッコいい。
去っていく、その後ろ姿を見送ってからも、しばらくの間、その残像が頭に焼き付いていた。

はぁ~。ほんっと格好よかったな…。
バイトに行っても、その人の事を思い出しては、ため息をついてばかり。
気が付いたら、うわの空のままで、一日を過ごしていた。


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二つのアラベスク5

そして今日。
僕は意を決し、昨日と同じ時間に楽器店へ向かった。

本当に来るのかな…?
少しドキドキしながらも、僕はそおっと入り口の方へと目をやった。

あっ、いた!
例のイケメンさんは、昨日と同じ椅子に座って、僕が来るのを待っている。
しかも、昨日と同じく長い足を組み、その上で頬杖をつきながら。

その姿を見た瞬間、何故だか、僕はとてもホッとしたんだ。

僕を見つけると、その人は満面の笑顔になり、大きく手を振って迎えてくれた。

へぇ~、笑顔になると可愛いんだな…。
その時、僕の中で甘酸っぱいような、不思議な感情が芽生えた。

取り敢えず、こちらも控えめな笑顔で挨拶をすます。

それにしても…。
今日もかっこいいな。

笑った時に口元からのぞく、白くて綺麗な歯並びや、左の上唇の上にあるホクロが、とってもセクシーだ。

気付かれないよう、密かに僕は、イケメンさんの顔を観察していた。
「どうしたの?」
「あっ!いいえ…」
あなたに魅入ってましたなんて、言える訳がない。

取り敢えず、この気まずさを振り切る為に聞いてみる。
「えぇ~と、何かリクエストとかありますか?」
「ごめん。俺さ、クラシックに疎くて、曲名とかよく分かんないだ。」
「…はぁ。じゃあ、僕の好きな曲を適当に弾いていいですか?」
「うん、それでいいよ。お願い。」


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二つのアラベスク6

その時、僕の頭に浮かんだのは、ベートーベンの熱情ソナタだった。
これは、かなり難易度の高い曲だ。
きっと、自分のカッコいい所を見せたい、という男のプライドがあったのかも知れない。

僕はピアノに対峙すると、そっと心に気合を入れる。
よし、いくぞ!
それから、大きく息を吸い込んで、鍵盤に指を這わせた。

序盤から、いきなり始まるクライマックス。
強く激しいメロディーラインが続き、自然と腕に力が入る。
だけど、滑らかな指遣いも決して忘れない。

徐々に呼吸が荒くなり、いつの間にか汗が滴った。
しかも、いつ終わるとも知れないプレストの連続に、この指が痙攣しかかる。

もう少しだ…頑張れ。

自分を鼓舞しながら、曲はいよいよ、最後の激しいアルペジオに差し掛かる。
僕は、身体全体を使って、燃えるような熱情を体現した。
そして、全ての激情をぶつけると同時に、曲は終わりを迎えた。

ふう…。何とか、最後まで無事に弾き終えたぞ。

とにかく、この曲は消耗を余儀なくさせるから、しばらくの間、大きく肩で息をしていた。

あぁ~疲れた…。
僕はそっとハンカチを取り出すと、顔の汗を拭っていく。

そのうちに、乱れた息も落ち着きを取り戻したから、僕は後ろを振り返って、イケメンさんを見た。

あららら…。

なんと彼は、口をポカンと開けたまま、完全にフリーズしている。
「えっと、あの~すいません…?」
僕が声を掛けても、まだ何も言わずに、ただジッと僕の事を見ていた。

さすがに恥ずかしくなって、僕は顔を赤らめてします。
それでもやっぱり、イケメンさんの口から感想を聞いてみたかった。

だけど、彼が口を開く前に、気がつくと僕の周りには、ちょっとした人だかりが出来ていた。
口々に「すごい~」と言われ、大拍手が沸き起こる。
その上、「もっと弾いて~」って言う人たちによって、押し合いへし合いの騒ぎになってしまった。

「 チョット、どうしたの?」
驚いた店長が、慌てて止めに入ってきた。



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二つのアラベスク7

取り敢えず、騒動は無事に収まったものの、店長さんからは
「もう、うちのピアノで試弾をしないでくれ。」
と、懇願されてしまった。

「チョット待って下さい‼︎」
そう言って、抗議しようとした彼を、僕は必死で宥め、謝罪をしながら店を出た。

ふう…。
僕の口から、思わずため息が出る。

「ごめんな、こんな事になっちゃって…。」
僕以上に落ち込んでるイケメンさんが、何だか気の毒に思え、
「いっ、いいんですよ。
どうせいつまでもあそこで弾ける訳じゃないですから。」
そう笑顔で言った。

「ねぇ、どうしてあそこでピアノを弾いてるの?
初めはさ、あそこで働いてるのかと思ったよ。」
「まさか。違いますよ。
実は、うちのピアノが壊れちゃって」
僕は、ピアノを買う約束の代わりに、弾かせて貰ってる事を説明した。

それを聞いてしみじみと、
「そっか、大変なんだなチャンミンも…」
僕を見て言う。
あれっ、まだ自己紹介してないのに、何で僕の名前を知っているんだ⁇
驚いて彼を見ると、
「ごめん。実は、俺の妹が君と同じ高校に行ってるんだよ。
チョン ジヘ、知ってる?」

う~ん、そう言えば、確か1年の時のクラスメートに、そんな名前の子がいたような…
いや、どうだったかな…。
「ははっ、覚えてなければ別にいいよ。俺はそいつの兄貴で、チョン ユンホ。
ユノって呼んでくれて構わないから。」


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二つのアラベスク8

ユノさん…。
不思議な魅力を持つ 人だな。

初めは、クールで近寄りがたい人だと思っていた。

きりりとしたシャープな顔立ちに、鋭い眼光。
そして無駄のない引き締まった体躯。
話し声も低くて、思った事を簡潔に言う。
いわば、男の中の男といったタイプの人だと。

それなのに、いざ話をしてみると、意外なほど気さくな一面を見せてくれる。
しかも笑った顔は、とても無邪気で朗らかなんだ。
それはまるで、ヒマワリが大輪の花を咲かせたみたいに。

同じ男だって、そんなに眩しい笑顔を見せたれたら…、胸の鼓動が早くなるよ。

この人はきっと、沢山の人を虜にしてしまうんだろうな。

素敵な彼女さんだって、きっと…いるに決まってる…。
…。
なんか、つまんない。
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二つのアラベスク9

<Y サイド>

チャンミン…。
妹のジヘが、まだ高校1年生だった時、ずっと片想いをしていた相手だ。

あの頃は、毎日のようにチャンミンの写真を見せられ、嫌でもその名前と顔を覚えてしまった。

そんな彼に、まさか行きつけの楽器店で会うとはな。

3日前、いつものようにギターの楽譜を物色していたら、美しいピアノの音色が流れてきた。

お、綺麗な曲だな…。

普段なら気にも留めないのに、何故だか、その時は無性に気になったんだ。
そして、まるで吸い寄せられるように、その音色の方へと歩き出した。

あっ⁉︎
その演奏者を見た瞬間、俺の体に衝撃が走った。

マジか⁉︎
そこにいたのは、ジヘの写真で見慣れたはずの、あのチャンミンだった。

そう… 。
ジヘが恋い焦がれ、だけど想いを伝える事なく終わった、片想いの相手。

どうして、彼がここにいる⁇

その本人は、俺に見られてることなど、露ほども気づかず、演奏に集中している。

ああ…、それにしても… 。
少し俯き加減で、ピアノに向かう姿が、神々しい位に美しい。
俺は、瞬きさえ忘れるほど、じっとその姿を見つめ続けた。

しかも実物のチャンミンは、写真で見るよりも、はるかに目が大きくて印象的だった。
それは、まるで子鹿のように黒目がちで可愛らしく、少し憂いを帯びて潤んでいる。
スラリと伸びた長い鼻は、綺麗な弓なりのラインを描いていて、やや厚めで柔らかそうな赤い唇が、なんとも色っぽい。

そして、それら全てのパーツが、完璧なバランスで輪郭に収まっているんだ。

なんなんだコイツは…!?

だんだんと胸の鼓動が速くなり、息苦しくなる。
こんな風に、他人に見惚れてしまうなんて、生まれて初めての事だった。
たとえ、どんなに可愛い女の子であっても、じっと見惚れるなんて事はなかったのに。

俺は、チャンミンの圧倒的な美しさに、打ちのめされたんだ。

しかも…。
これほど美しい容姿をした人間が、その指で、綺麗なピアノの音色を奏でているんだ。

まるで、奇跡のような組み合わせだろう。

初めて感じる胸の痛みに、自分でも、どう対処をしたらいいのか、さっぱり分からない。

やばい…。
これが、恋に落ちるという事なのか…?


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二つのアラベスク10

<C サイド>

目的もなく歩いている内に、僕たちは、少しずつお互いの自己紹介をする事になる。
僕は、この近くにある高校の3年生で、バイトと受験勉強に追われる日々である事を話した。

ユノさんは、市内の大学に通う2年生で、僕よりも二つ年上との事。
大人びた見た目のせいか、もっと年上だろうと思っていたので、何だか意外だった。

住まいも、僕の家から自転車で行ける距離だって事も分かった。

「そうだ、チャンミン。
俺ん家に、ピアノを弾きに来ないか?」
「え、家にピアノあるんですか?」
「ああ。ちょうど今、親もいないし。
ねっ、来なよ?」
「えっ、でも…。」
「いいから、行こう。ねっ⁉︎」
そう言うやいなや、ユノさんに腕をとられ、ほとんど強引に連れて行かれる。

ふう、参ったな…。

こうして連れて行かれた先は、立派な白亜の豪邸だった。
大理石の広い玄関ホールを上がると、吹き抜けのリビングに通された。
豪華なシャンデリアがキラキラと光って、目に眩しい。

うわ~。
ユノさんの家って、お金持ちなんだな。

家政婦さんの出してくれた、お茶をご馳走になった後で、ユノさんが、
「ピアノはこっちの部屋だから。」
そう言って、両開きで重厚そうな扉の前に案内された。

ギギっ、と重そうな音と共に扉が開かれ、僕は恐る恐るその内部を除く。

ざっと20畳はありそうな、広い部屋は、四方を壁で囲まれている。
そして、その部屋の中央には、黒く光を放つ、巨大で豪華なグランドピアノがあった。

げっ、なんだこれは⁉︎
こんなの、ピアノの発表会でしか見た事ない。
圧倒的な重厚感を見せる、そのピアノの中央部には、BECHSTEINとロゴうちされていた。

おいおい!
こりゃあ…いったい、幾らするんだ?


「すごい…。これ、どなたか演奏されてるんですか?」
「まぁね…。まあ、それはいいから」
ユノさんが、まるで話を遮るように、僕をピアノの方へ押しやろうとする。
家族の事、あまり聞かれたくないのかな?

そして僕は、胸の高鳴りを抑えつつ、ジリジリとピアノに近寄った。
すると、後ろからユノさんに
「ねぇ、何か弾いてみて?」
さらっと無邪気に言われた。
「へっ⁉︎」
驚いた僕は、咄嗟に手を振って断る。
「いいです、いいです。」
「なんでだよ~いいじゃん。」
「こんな立派なピアノ、勝手に弾いたら、怒られますもん。」

「平気だよ、それ俺のだから。」
…はい?
「俺に弾かせたくて、親が買ったんだ。
でも練習が嫌で、全然弾かなかったんだけどね。」

うへ~。
宝の持ち腐れなんてもんじゃない。
僕は、目の前のピアノを見つめたまま、
「なんか、すごくもったいないですね。」
「でしょ?
だから、チャンミンが代わりに弾いて。ねっ!」
「いや~、でも…… 」
「ほらっ、チャンミンなら平気だって」
なんの根拠があって、言うのか知らないけど、ムチャぶりにもほどがあるぞ。
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二つのアラベスク11

しばらくの押し問答に、結局、僕の方が負けてしまった。

椅子を引いて、ピアノの前に腰を下ろした僕に、
「チャンミンの好きな曲でいいからね」
なんて言う。
う~ん、それが一番こまるんだけどな…。

少し悩んだ末に、僕はリストの『ラ カンパネラ』を弾くことにした。
この曲は、早いテンポに合わせて、手のポジションを素早く移動させる事が求められる。
そのうえ、基本のメロディーラインを壊さぬよう、スタッカートを意識して軽やかに叩かねばならない。
要するに、かなりの難曲である。

それでも、この曲を弾いてみたかった。
防音が効いてる部屋に、スタッカートが響いて、気持ちいい。

鐘(カンパネラ)…。
この部屋は今、教会の鐘の音に包まれている。
気分も最高潮に上がっていき、僕は全霊をかけて、鐘を鳴らした。

一流の楽器での演奏は、格別の喜びをもたらしてくれた。

ふう…。
満足感と共に、曲が終わりを迎えた。
そして、ユノさんの反応を見ようと、振り向きかけた、その瞬間。
なんと、いきなり後ろから抱きしめられてしまう。

えっ、えぇ~⁉︎
驚いて動けない僕の耳元で、
「スゴいよチャンミン。
ほんとスゴい。」
僕の好きなハスキーボイスで、あま~く囁くんだ。

ええ~、ちょっと‼︎
なんで’、抱きしめられているんだ、僕?
身体が、まるで金縛りにあった様に、動けない。

そりゃあ確かに、褒められて嬉しいけど、こんな密室の中で、男同士が抱き合っている。
ヤバい!
このシチュエーションは、明らかにヤバいでしょう⁉︎



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二つのアラベスク12

それから2週間。
僕は毎日、ピアノを弾かせて貰う為に、ユノさんの家に通った。
バイトの時間があるから、居られるのはせいぜい30分から40分くらいのものだけど、それでも充分な時間だった。

だって、グランドピアノを好きに弾けるのだから。
僕からしたら、まるで空から降って湧いたような幸運だ。
否が応でも気分は舞い上がり、僕の日常は、キラキラと華やいだものになった。

グランドピアノに特有の、絹のように滑らかな鍵盤のタッチング。
そこから発せられる、重低音の響きが、内臓の隅々まで染み渡って、僕を恍惚とさせる。
ああ、この感覚が本当にたまらない…。
こんな事、僕のような素人には、ふつう経験できないだろう。

重厚な音色に酔いしれ、満足感と共に演奏を終えると、ユノさんは僕を抱きしめた。

「チャンミン、さいっこう‼︎」
「すごい、チャンミン」
「マジで良かったよ」
色んな褒め言葉を添えて、まるでそれが儀式かの様に、毎回僕の事を抱きしめるんだ。
細く引き締まった、その腕で…。
触れ合った箇所から伝わる温もりが、心地よく僕を包み込む。

そしてもう一つ、僕には密かな悦びがあったんだ。
それは…。
ささやき声に混じって、ユノさんの甘い吐息がふわりと耳に降りかかる時…。

その瞬間、僕の身体がゾクゾクするような快感に見舞われる。
こんな風に、自分の身体が反応をするなんて、生まれて初めての経験だった。

いつしか僕は、ユノさんに会える時間を、何よりも待ち遠しく思うようになった。

学校や家にいても、ユノさんの事をばかりを想ってしまう。
少しだけ左の口角が上がる笑顔や、綺麗な鼻筋を見せる完璧な横顔。
そして僕の名前を呼ぶ低めの、あの声…。

今、なにをしてるんだろう。
早く会いたいな…。
そんな事をぼんやりと思いながら、そっとため息をついたりして。

ああ…。
他人の存在が、自分の心を隙間なく埋め尽くす…。
それが、こんなに切ない気持ちにさせるなんて知らなかった。

僕は、ユノさんに恋してしまったんだ。
男の僕が、同じ男であるユノさんに。

どうしよう…。

どんどん加速する想いに、僕はなす術もなく戸惑っていた。


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二つのアラベスク13

そして、次の日。
ユノさんへの溢れる想いを、そっと胸に秘め、僕はいつもの様にピアノを弾きに行く。

今日はショパンの有名な曲を弾こうと思っていた。
美しいのに、どこか悲しい旋律で有名なこの曲が、今の僕の心をそのまま表している。

序盤は、美しく控え目なメロディーラインを生かし、情感を訴える事に集中した。
だけど、中盤に入るに連れて徐々に、曲のスピードが増していく。
激しいアルペジオの連続、強くそして早急に指を移動させなければいけない。
あたかも、慟哭しているかのように。

ユノさん…辛いよ…。
それはまるで、身を引き裂かれるような、僕の深い悲しみそのままだ。

そしてラストパート。
再び静かで、そっと悲しみにむせび泣くような、メロディーラインへと戻っていく。

僕は、涙を堪えて最後のパートを弾き終えた。

そっと指を下ろすと、振り向いてユノさんを見た。
そして、口を開いて
「ユノさん、この曲のタイトルですが…」
「知ってる。」
「え…?」
ユノさんの瞳が、正面から僕を捉えた。
「この曲だけは知ってるよ。
ショパンの…別れの曲だろ?」
それだけ言うと、ユノさんは僕への視線をわずかにそらした。
「そうです。」

僕は、心が迷って立ち止まらないよう、大きく息を吸って、一気に言葉を吐き出した。
「ユノさん。
僕は、もうここへは来ません。
今まで…本当にありがとうございました…。」
どうにかそれだけ言うと、素早く荷物を手にして、玄関を飛び出した。

ユノさん。
さようなら…。

その時、ユノさんはどんな顔で、僕の事を見送っていたのかな…?
顔さえ見ないで、飛び出した僕には知る由もないけど。

外に出ると大粒の雨が降っていた。
だけど、濡れる事なんかどうでも良かった。
ただ、この想いを振り切る為だけに、僕は雨の中をひたすらに走り続けた。
はあっ、はあっ。

心の奥では、ユノさんに追いかけて来て欲しかったのかも知れない。
だけど、ユノさんは来てくれなかったんだ。

家に着いた時には、びしょ濡れの酷い有様だった。
とりあえず服を脱いで、急いで風呂場へと駆け込む僕。

「ううっ、っく…。」
熱いシャワーを全身に受けながら、しばらくの間、しゃがみ込んで泣き続けた。

ユノさん…。
男である自分が、ユノさんを好きになってしまった。
決して報われる事のない、あなたへの片想い…。
しかも、会えば会う程に想いは強くなり、もうこれ以上、覆い隠せそうになかった。

僕の心は、ユノさんへの想いで、追い詰められていたんだ。

だから、もう会うのをやめて、精一杯、あなたを忘れる努力をしようと決意した。
そうすれば、いつかきっと…別の…女性との出会いがあって、その人と新しい恋愛が出来るはず。
ただ、そう願いたかった。

その為の別れなんだと、自分に言い聞かせて、携帯からあなたの名前をそっと消した。

辛い気持ちになるのは、覚悟した筈だった。
だけど、想像以上の苦しみと喪失感に、僕の心は悲鳴をあげ続けてる。

ユノさん、たすけて!
苦しくって、どうしようもないんだ!
どうしたら、この苦しみから解放されるの?


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二つのアラベスク14

《Y サイド》

いつもより、浮かない表情を見せるチャンミンが奏でたのは、ショパンの別れの曲だった。

クラシックに疎い俺でも、その名前くらいは知ってる。
とても有名な曲だし、何より、俺自身も好きな曲だ。

いつもなら、嬉しくて抱きついてしまう様なシチュエーションだった。
だけど、今日のチャンミンが醸し出す、よそよそしい雰囲気と、『別れの曲』という不穏なタイトルに、言いようの無い不吉な予感を覚えた。

どうか、この曲の終わりが永遠に来ませんように…。
心の奥底で祈っていた。
だけど、そんな祈りも虚しく、曲の終わりと共にチャンミンは別れを告げ、俺の元から去って行った。

いざ、別れを告げられると、あまりの衝撃の大きさに、何の行動も起こせないものだ。
情けない事に、俺はただ黙って、 チャンミンの背中を見送っていた。

「行かないでくれ‼︎」
そういって、引き止めれば良かったのか…。
そして勢いに任せて、
「お前のことが好きなんだ!
どうか、俺の気持ちに応えてくれないか?」
そう告白をすれば、何かが変わったのだろうか?

バカな‼︎
そんなの無理に決まってるだろう。
相手は同じ男なんだ。

だけど実際、俺はどうしようもないほど、 チャンミンの事を好きになっていたんだ。

ピアノを演奏するその姿を眺め、美しい音色に心震わせる。
その時間が、俺にとっては何よりの宝物だったのに…。

くそっ!
嘘だと言ってくれよ、なあ!!



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二つのアラベスク15

《Y サイド》

行きつけの楽器店で、ピアノを弾くチャンミンを見かけたあの日。
俺は生まれて初めて、胸のトキメキというものを知った。

今までだって、異性との付き合いはそれなりにあった。
しかも、そのうちの何人かとは、肉体関係を持った事もある。

だけど、自分から誰かを本気で好きになる事は無かった。

そっけない態度の俺に、気がつけば、みんな呆れて去って行く。
そんな彼女達の背中をみても、何の未練も抱かなかった。

だけど、チャンミンに出会って、俺は知ってしまったんだ。
…本気の恋ってやつを。
あいつの躊躇いがちに揺れる長いまつ毛、その下から、覗かせる潤んだ瞳。
長い首をときおり傾け、綺麗なうなじを見せる姿は、本当にもう、ゾクゾクするほどセクシーで。
そこにいるのは、性別なんてとっくに超越してしまった、美しい存在なんだ。

また逢いたい…。
あの楽器店に行けば、また逢えるのだろうか?
それから、例の楽器店に通い詰め、チャンミンの演奏する姿を、こっそりと見つめ続けた。

そんな風にして、3日が過ぎた時、チャンミンが奏でるある曲に、心が激しく震えた。

美しく儚げなメロディーが、彼の醸し出す雰囲気とあまりにも似過ぎてて、聴いてるうちに胸が苦しくなった。

そんな時、ハッと振り返ったチャンミンと、瞳が合ってしまう。

すげぇ…綺麗だ… 。

間近で見ると、大きくて綺麗なその瞳に、吸い込まれそうになる。
俺はもう、息が止まるかと思うほどに緊張してしまった。
それでも、何とか平静を装って、チャンミンに弾いてる曲の題名を訊いた。

『月の光』
彼の口から、その曲のタイトルを聞いた時、俺は感動のあまり心が震えた。
まるで、チャンミンそのものじゃないかって、そう思ったから。
月の光のように、美しくそして儚げに俺を照らし出す…。

だから、混乱に乗じて家に誘う事が出来た時は、心の中でガッツポーズをしたんだ。
そうして、二人で会える時間が増えると、俺はますますチャンミンに惹かれていき、いつしか自分をコントロール出来なくなっていた。

頭の中で、柔らかそうな唇に、そっとキスを落としたり、首すじから体のあちこちに至るまで、淫らに舌を這わせる…俺。
毎日のように、チャンミンを抱く妄想にかられてるんだ。
演奏が終わる度に、無邪気なふりをして抱き締めながら、俺はそんな思いを隠し持っていた。

きっと、そんな醜い欲望に気付いたから、俺に嫌気がさして逃げ出したんだよな。

お前なら当然、素敵な彼女もいるだろうし。

もう…終わったんだ…。
辛いけど、忘れるよりしょうがない。

さようなら チャンミン、俺の初恋の人…。

そして俺は、携帯のメモリーから、チャンミンの名前を消した。



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二つのアラベスク16

《Y サイド》

チャンミンに去られて以来、俺の心は無残なほど、ボロボロに崩れていく。
生活も徐々に荒んでいき、大学は休みがちになった。

心の大半を占めていた、チャンミンへの秘めた思い。
それがある日突然、何の心の準備も無いまま、むしり取られてしまったんだ。

そりゃあ、死ぬほど辛くて当たり前だろう。

毎朝、目が覚めると同時に、耐えがたいほどの虚無感に襲われた。
本気で、頭がどうにかなりそうだった。

孤独に押し潰されそうな夜には、親友のドンへやウニョクを誘って、朝まで飲み明かした。
そんな生活に、ほとほと嫌気がさした頃、ドンへから合コンへ来ないかと誘われた。

合コンなんて、本当は全く興味がなかった。
だけど、少しでも気分転換になるのならと思い、軽い気持ちで参加してみた。

居酒屋には、男女合わせて8人が集まっている。
その中には、うちの大学のミスコンクイーンのユナさんもいて、何故だか俺にばかり、積極的に話しかけてくれた。
他の人ともそれなりに会話が盛り上がり、結構楽しい時間を過ごして、この飲み会は終了する。

帰り際、ユナさんから、
「よかったら、今度は2人で会いたいです。」
と、携帯番号を渡された。

それを見ていたドンへが、
「誘え誘え!ミスコンクイーンだぞ!
絶対に明日連絡しろよ。」
って、しつこく囃し立てられるのもあり、翌日ユナさんを食事に誘い出した。

ユナさんとの食事は、思いのほか楽しかった。
綺麗な女性を前にして、俺のオスとしての本能が、ムクムクと目覚めかけるのを感じたし。

それから数回のデートを重ね、ごく自然の成り行きで、キスをしようという雰囲気になる。
だけど、ユナさんに触れかけた瞬間、まるで電撃が走ったかの様に、俺の身体がビクッと止まった。

…チャンミン⁉︎
何故だか、あいつの悲しそうな顔が頭に浮かんだんだ。
大きな瞳に、涙をいっぱい溜めて、俺を睨む…そんなあいつの顔が。

くそっ!
目の前には、こんな綺麗な女性がいるというのに。
しかも、あいつはユナさんの様に、女性らしい丸みもなければ、さらさらのロングヘアーでもない。
おまけに背だって俺よりも高いし。
抱きしめたら、筋肉質で柔らかさの欠片もない身体なんだ。

なのに、なんでチャンミンなんだ⁉︎

やっぱりダメだ。
俺はまだ、全然諦めきれていない。
そんな事は分かりきっていた筈なのに…。
改めて、あいつへの想いの深さに気付いて、愕然とした。
そして、そのまま身動きが取れなくなったんだ。

キスの手前で、動きを止めた俺を、不思議そうに見るユナさん。
だから俺は、深く頭を下げて、ユナさんに謝罪をした。
なんの落ち度もない彼女には、心から申し訳ない事をしてしまった。

あなたを利用して、チャンミンを忘れようとした、卑怯な俺を許して下さい。

やっぱり俺は、チャンミンを忘れられそうにない。
そして、このまま自分を偽るくらいなら、いっそあいつへの想いを胸に、一人で生きていく方がマシなんだと…。
そう心で詫びながら、一人トボトボと家路に向かった。


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二つのアラベスク17

《C サイド》

ユノさんと会わなくなってから、早くも3ヶ月が経つ。

ユノさん…。
僕は、そっとカレンダーをめくると、また一つ大きなため息をついた。

会わない間、僕はひたすら受験勉強に励んでいた。
とにかくユノさんを忘れたい一心で。

その甲斐あって、無事に志望校へ合格する事が出来た。
だけど、達成感に喜びが沸き起こる事もなく、ただ淡々と毎日をやり過ごしている。

僕は、相変わらずユノさんを想い続け、抱きしめられた温もりから、逃れられないでいたんだ。

そうして、月日は流れていき、いよいよ高校の卒業式の日がやってきた。
綺麗に咲き誇る桜並木が、僕達の門出を祝ってくれる。

泣いたり抱き合ったりしながら、別れを惜しむクラスメイト達。
彼らと共に、僕も先生や保護者達に最後の挨拶をして回っていた。

3年間の思い出と共に、いよいよこの場所から旅立つ日。
だけど、ユノさんへの想いだけは消える事なく、心の奥底で彷徨い続けている。

ユノさん…、僕はいつになったら、あなたへの想いから卒業出来るの?

ふっとため息をついて、何気無く、視線を遠く先へと向ける。
すると、校門から続く道の先に、懐かしいシルエットが浮かぶのが見えた。
えっ⁉︎
あれは…ユノさん…?

だけど、その背中は徐々に小さくなって、やがて消えていこうとする。



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二つのアラベスク18

ちょっ、ちょっと待って!
行かないで‼︎
心の中で叫び声をあげる。

僕はとっさに、手にしていた卒業証書を友人に預け、小さくなってゆくその人影を、追いかけて走った。

はぁはぁ、何処に行った?
横断歩道を渡り、角を曲がった所でその人影を見失い、一瞬途方に暮れかける。

ユノさん…どこに行ったの?
神様、お願いします!
もう一度、ユノさんに会わせて。

その時、左手に公園が見えた。
もしやと思い、僕は入り口を覗いてみる。

あっ!
少し先のベンチに、うな垂れた姿のユノさんがいた。
その姿は、顔を手で覆い隠し、身体を震わせながら、泣いているように見えた。

ユノさん…、どうしたの?
静かに近寄って、ユノさんへと手を伸ばしかけた瞬間、僕の中の弱気な心が顔を出す。

感情に任せて追いかけては来たものの、いざユノさんを前にしたら、一体何を話せばいい?
僕の手が、途方に暮れたように空を彷徨う。

あんな風に、ユノさんの家を飛び出した僕が、今さら声をかけたって、迷惑なだけじゃないか?

ダメだ…やっぱり戻ろう…。

そう思った矢先、僕の声は聞いてしまった。
ユノさんの、顔を覆う指の間から、震える様に呟いた一言を。
「…チャンミン。」
そう。
あなたは、確かに僕の名前を呼んだんだ。

ユノさん
今、僕の名前を呼んでくれたの?

「 チャンミン…っく…。」
再び、僕の名を呟いた。
その声はとても苦しげで、まるで魂の奥底から、ひねり出したかの様に聞こえた。

だから僕は、泣き出しそうな気持ちを必死でこらえて、あなたの肩へと手を伸ばした。

ハッとして、顔を上げるユノさん。

やっぱり、泣いていたんだね…。


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二つのアラベスク19

《Y サイド 》

妹のジヘの卒業式がやってきた。

この日だけは、両親も海外から戻り、家族揃って参加する予定になっていた。
もちろん、可愛い妹の卒業式だ。
ちゃんと祝ってあげたい気持ちはある。

だけど、俺の本当の目的は、別の所にあったんだ。

同じ式場にいるはずのチャンミンを、遠くから見守る事…。
声はかけない。
ただ、遠くからお前の門出を祝いたかった。

逢えなくなって約半年、お前は変わったのかな?
たった半年だけど、男が生涯で最も変化を遂げる時期だ。
ちゃんと見つけられるのか、少しだけ不安はある。

だけど、そんなのは全くの杞憂だった。

何故って、俺はすぐに見つけてしまったから。
チャンミン…。
お前の事を、ちゃんとすぐに見つけられたんだよ。

他のクラスメイト達より、わずかに背が高く、別れの挨拶を交わす横顔は、以前よりも少しだけ大人びて見えた。
そして、瞳を潤ませながら、まゆ毛を八の字に下げて笑っている。

ああ…。
すごく…綺麗だ…。

穏やかな春の日差しが、キラキラと輝きを増し、チャンミンに向かって降り注ぐ。
現実のお前は、思い出の中よりも、はるかに綺麗だった。

チャンミン、おめでとう…。

そういえば、少し髪が伸びたかな?
時折、前髪が目にかかるのを、鬱陶しげに指でかきあげてる。
その仕草が可愛くて、思わず下を向いて笑っちまった。

それに、少し痩せたみたいだ。
受験勉強で、無理したんじゃないか?

そっと、遠くで見守るだけ。
固く自分に言い聞かせて、ここまで来たはずだった。

今さら声をかけたところで、先の見えない関係性に、自分自身が余計に辛くなる事も、分かりきっていたから。

それなのに…。

現実のチャンミンの姿を目にしたら、そんな誓いなど、脆くも崩れ去ってしまいそう。

どうしようもなく、恋しくて愛おしいんだ。
お前への想いに、この胸が張り裂けそうだよ。

なあ、どうすればいい…?

いっそ、目の前の桜の花びらみたく、この想いも散り去ってくれれば、楽になるのに。



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二つのアラベスク20

《Y サイド》

ジヘと親には、気分が優れないと嘘を言い、足早に校舎から立ち去った。

来るべきじゃなかった。
愛おしい姿を目にして、心が引き裂かれるほど、辛くなっただけなのに。

バカだ…本当にバカだ、俺は。

重い足を引きずるようにして、歩き始める。
とは言え、どこに行くあてもない。
ただ、抑えきれない悲しみを、どうにかして鎮めさせたかった。

そして、ふらっと入った公園のベンチで、力尽きたように座り込む。
俺はただ、チャンミンを思って、静かに泣いた。

チャンミン…。
どうあがいても、お前の事が忘れられないんだ。

俺はいつから、こんな弱い男になったんだろう。

お前への想いに絡め取られ、まるで迷路の中のように、あてもなく彷徨い続けているんだ。
この苦しみに、終わりが来るのかさえ、もはや分からないよ。

チャンミン…会いたい…。
会いたいよ、チャンミン…。

俺は、知らず知らずの内に、うわ言のように、チャンミンの名を呼び続けた。

もう、どれだけの時間、うな垂れていたんだろう…。
愛おしい名を口にして、再びため息まじりにうつむくと、ふと肩にぬくもりを感じた。

えっ⁉︎
驚いて顔を上げると、目の前にいたのはチャンミンだった。

ウソだろ…?
長い前髪が風に揺れ、少し戸惑うような眼差しで、俺を見ている。

チャンミン、どうして…?

目の前の光景が、現実のモノとは思えず、俺はただ呆然とチャンミンを見ていた。

すると次の瞬間、信じられない事が起こった。

俺の隣に腰を下ろしたチャンミンが、その腕を伸ばして、グッと抱きしめてくれたんだ。
静かに俺の頭を抱え込み、優しく自分の胸へと引き寄せながら。

トクン…トクン…。

その腕のぬくもりと、耳に心地よい心臓の鼓動が、俺の心を幸せに満たしていく。
ああ、これは夢なのか…?
全てが信じられず、そのまま夢の中へ落ちてしまったのかと思った。

だから、これが現実である事を確かめたくて、俺はギュっとチャンミンにしがみついた。



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